JR西日本福知山線で脱線事故を起こした列車は207系通勤型電車で、並行私鉄との競争のため車内設備はグレードが高く、乗客の評判も良いものでした。事故が起こる以前は、新快速の223系と並んで名門阪急電鉄から乗客を奪い取るための希望の星であり、凋落国鉄から生まれ変わったJR西日本を象徴する車輌だったのです。
ここでは207系を番代・生産次ごとに分けて基本的な事柄について記載します。次の事柄については各々のページをご参照願います。
※新製年月日等については「ホームページ・にいにい」のデータを参考にさせて頂きました。


通勤型電車/207系/尼崎事故車両
福知山線で事故を起こしたZ16編成とS18編成についてはこちらをご覧下さい。

通勤型電車/207系/車両形式
207系を構成する各形式車両の概要と搭載機器リストについてはこちらをご覧下さい。

通勤型電車/207系/製造リスト
207系の生産数に関する統計リスト、および207系1000番代3次車以降の新製車輌リストについてはこちらをご覧下さい。


207系
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207系の概要

207系はJR西日本およびJR東日本が保有する通勤型電車である。両社が保有する207系は殆んど共通点がなく、事実上全く別の車両である。ここではJR西日本の207系について記載する。

地下鉄線対応車として計画

207系は地下鉄線として建設されていた片福連絡線(現在のJR東西線/1997年3月8日開業)に投入すべく、当初から地下鉄線を走行可能な車輌として計画された。
市営モンロー主義(民営排除主義)により、従来の大阪市内の地下鉄線は(私鉄の一部地下区間を除いて)大阪市営地下鉄により運営されており、市営以外の本格的な市内縦貫地下鉄路線はこれが最初であった。また、架空線方式の本格的な地下鉄としても1969(昭和44)年の堺筋線開業以来久方振りのもので、JR西日本が地下鉄線対応車を建造するのはこれが初めてであった。(なお、JR西日本のローカル線では、かつて東京の地下鉄線を走行していた旧国鉄型車輌が現在も運用されている。)

ハイグレードな通勤型電車

  • 私鉄との競争に勝つため
    207系はJR西日本にとって始めて建造する通勤型電車であり、始めての地下鉄線対応車であり、始めてのVVVF制御車であった。 JR西日本は旧国鉄時代から私鉄と並行する路線が多く、戦前から熾烈な競争が行われてきた。207系は並行私鉄と対抗するため、通勤型電車としてはハイグレードな仕様で登場した。
  • 性能
    俊足で評判の良い新快速用の221系と同じく最高速度120km/hで走行出来るよう、当初から台車にはヨーダンパ取付準備工事がされていた(2003年に全車設置、同年12月より120km/h運転開始)。基本設計は130km/h走行に対応している。加速度も205系より高い2.7km/h/sとなった。
  • 車体
    207系は特急型や近郊型などと同じく、車体幅2950mmのワイドボディを採用した。これは旧国鉄/JRの通勤型としては前例がなく、これにより207系は広々とした車内を実現した。車体のデザインも旧国鉄とは一線を画す全く新しいもので、まるで私鉄電車のようだと評された。
    ドア間の客室窓は大きな一枚窓となり、大変すっきりとした外観となった。また、ドア窓も含め固定窓は全て空気層入りの複層ガラスが採用された(0番代2次車以降は可動窓も複層化)。これは特急型などに用いられるもので、断熱性が高く曇ることが殆んどないものである。前面窓も大きく、客室からの前方展望にも十分配慮されていた。
  • 内装
    207系の天井高は2330mmあり、車体が従来より150mm拡幅したことと相まって広々としている。内装板はメラニン樹脂板主体のもので、窓枠や空調ファンのアルミ素材であり、FRP素材が殆んど露出していない。窓枠や空調ファンの取付けネジも極力隠されており、また室内灯も露出させずカバーが付けられている。座席も奥行きの長いもので、そのクッションの座り心地は通勤型電車の中では最高とも言われる。総じてロングシートであることを除けば、特急型に劣らない品質感を求めた内装となっている。
    余談だが、その後登場したJR東日本の209系は徹底的にコストダウンした通勤型電車で、207系より6センチも低くFRPがそのまま露出する天井板と全く隠す配慮がされていない大きな取付ネジ、ブラインドのない濃いグレー色の単層熱線吸収ガラス、奥行きが短くクッションの硬い座り心地の悪い座席、ドアさえ省略された貫通路などが酷評され、一部の鉄道ファンの間では家畜車などと揶揄された。

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  207系の客室/画像著作権 【武蔵野通信局】

尼崎事故後の207系

  • 尼崎事故により、Z16編成の4両とS18編成の3両の合計7両が運用を外れた。現在は477両が運用に就いている。
  • 尼崎事故ののち、207系0番代と207系1000番代との併結(事故列車と同じ状態)が一時的に制限されたようであるが、現在は制限が解除されている。
  • 尼崎事故ののち、乗客や遺族への配慮から207系の残存全車の塗装が変更された。新塗装は321系に準じたものになっている(321系も当初は207系旧塗装に準じたものになる予定だった)。

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 207系新塗装【(C)小さな観光名所】  321系 【(C)武蔵野通信局】

 

207系の分類

JR西日本の207系は、量産先行車を含め12年以上の間に9次に亘り総計484両が製造された。この間の鉄道用電気技術の発展は目覚しく、207系は大きく分けても3種類の異なる制御方式を採用している。また電動車が1M方式を採用しており編成の自由度が高く、そのため編成構成が大変複雑になっている。しかも外観に大きな変化は無く、これらのことから207系の全体像を捉えるのは大変難しい。ここでは207系を番代・生産次別に分類する。編成を構成する各車輌については通勤型電車/207系/車両形式を参照のこと。

 

207系0番代

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左は量産先行車、右は0番代量産車/画像著作権 【小さな観光名所】

概要

  • 207系0番代は、量産先行車と量産車合わせて147両が製造された。
  • 1991年(平成3年)1月22日に量産先行車7両編成1本が製造され、1991年(平成3年)12月5日から1993年(平成5年)3月24日にかけて2次に亘り140両が量産された。100番代のクハ206とクハ207、及び500番代に改造されたモハ207も0番代のグループである。
  • 量産先行車を除き、4両編成もしくは3両編成で登場した。のちに全ての3両編成がモハ207-1500番代を組込み、4両編成化された。現在は0番代の量産編成は全て4両編成である。
  • 全ての量産編成に於いて先頭車両は付随車、中間車両は電動車である。
  • 製造された車両形式は クハ206・クハ207・モハ206・モハ207・サハ207の5形式であるが、サハ207は0番代では量産されなかった。モハ206は0番代のみに存在する形式である。
  • 制御装置は三菱電機製のWPC1で、パワートランジスタ素子を用いたチョッパ併用VVVFインバータ制御装置である。インバータ装置は2群搭載されており1C2M(=2C4M)制御が行われているが、チョッパ装置が1基しか搭載されていないため、実質的には1C4M制御となっている。主電動機(モーター)は出力155kwのWMT100である。

207系0番代 量産先行車

  • 1991年(平成3年)1月22日に7両固定編成1本が製造された。4両は川崎重工業、3両は近畿車輌の製造である。
  • 試作的な編成であり、本来なら207系900番代になるのが順当であるが、すでに旧国鉄が投入しJR東日本で運用中のものに同番代が与えられていたため、トップナンバーとなったと思われる。
  • 増解結が不要なため、電気連結器は装備されていない。
  • 現在に至るも電気連結器を装備していないのはこの編成のみであり、また7両固定編成であるのもこの編成のみである。
  • 客用ドア窓が独特の形状であったが、のち(2001年頃)に量産車と同様の形状に変更された。

207系0番代 1次車

  • 1991年(平成3年)12月5日から翌年2月28日にかけて4両編成16本、3両編成13本の計103両が落成した。製造は川崎重工業、近畿車輌、日立製作所であり、川崎重工業製のうち4両編成1本(当時のB16編成/現在のZ10編成)はJR西日本の鷹取工場(モハ206-11)、および後藤車両所(他3両)で製造された。
  • Z16編成
    福知山線で脱線事故を起こしたZ16編成はこのグループに属し、当初はB15編成として落成した。
  • 100番代
    クハ206の全て、および3両編成用クハ207は全て100番代として製造された。0番代1次車のクハのうち、0番代として製造されたのはクハ207-2〜17の16両(全て4両編成用)である。
製造メーカー4両編成3両編成小計合計(100番代含む)
川崎重工業8本(後藤/鷹取含む)6本50両103両
近畿車輌6本5本39両
日立製作所2本2本14両
編成番号B1〜16A1〜13※新製時
 

207系0番代 2次車

  • 1993年(平成5年)2月18日から3月24日にかけて4両編成7本、3両編成3本の計37両が落成した。
  • 100番代
    0番代2次車のクハは全て、100番代として製造された。
製造メーカー4両編成3両編成小計合計(100番代含む)
川崎重工業3本 (B17〜19)3本21両37両
近畿車輌4本 (V1〜4)-16両
編成番号上に記載A14〜16※新製時
 

207系100番代

  • 207系0番代のクハ(運転台付車両)のうち、電気連結器を備えたものは100番代として区分された。1次車のクハの58両のうち42両、2次車のクハの全て(20両)が100番代である。
  • 207系0番代のクハのうち、100番代でないものは量産先行車のクハ206-1とクハ207-1、1次車クハ207-2〜17の16両、計18両のみである。
  • 1次車の16両は後に電気連結器を装備され、100番代との差異はなくなった。
  • 中間車に100番代は存在しない。
 

207系500番代

  • 1997年(平成9年)3月8日のJR東西線開業を控えた編成変えに伴ない、207系0番代1次・2次車の3両編成全16本を4両編成化する際に誕生したグループである。
  • パンタグラフを撤去した1500番代のモハ207を組み込むため、従来の3両編成側(0番代1次・2次車)のモハ207から1500番代に給電出来るよう改造し、500番代と改番された。
  • 改造車は0番代1次モハ207が3〜15の13両、0番代2次車が32〜34の3両、計16両。新製車は存在しない。落成日は1996年5月23日〜12月24日である。
  • 全車パンタグラフを2基に増設改造された。
  • 改造車の車番は改造種車の車番に500を加えたものである。
 

207系900番代 

 

207系1000番代

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207系1000番代/画像著作権 【小さな観光名所】

概要

  • 207系1000番代は、1994年(平成6年)1月12日から1997年(平成9年)2月28日にかけて4次に亘り257両が製造された。1100番代のサハ207、1500番代のモハ207もこのグループである。
  • 制御装置は1C4Mの三菱電機製WPC1(パワートランジスタ素子/チョッパ併用)から1C1M(=4C4M)の東芝製GTOサイリスタに変更された。これにより、動軸は各々別個の機器により制御されることになり、故障時の冗長性が高まった。また、モーターは207系0番代の155kw(WMT100)から200kwにパワーアップしたWMT102に変更された(3・4次車は220kwのWMT104)。
  • 集電装置(パンタグラフ)は0番代のPS27A形から耐雪カバーと架線追随ダンパの付いたPS27D形へ変更された。
  • 新たに新形式クモハ207が登場し、またサハ207が初めて量産された。代わってクハ207とモハ206が製造されなくなった。
  • 0番代ではモハ207にCp(コンプレッサー)が搭載されていたが、1000番代ではクハ206に搭載されている。なお、1000番代1次車のうち14本は6両貫通編成で登場したが、クハ206のCpだけでは容量不足のため、1100番代のサハ207にもCpを搭載している。

207系1000番代 1次車

  • 1994年(平成6年)1月12日から3月24日にかけて、6両編成14本、2両編成14本の計112両が落成した。
  • 制御装置は1C4Mの三菱電機製WPC1から1C1Mの東芝製WPC3A(GTOサイリスタ)に、モーターは200kwのWMT102に変更された。
  • 6両固定編成および2両編成という組成を行なったのは、このグループのみである。(7両固定編成の量産先行車を除けば、他は全て4両編成もしくは3両編成である。)
  • 0番代では各電動車にパンタグラフが2基設置されていたが、1000番代1次車では1基装備で登場した。但し準備工事は施されており、JR東西線開業を前に2基へ増設されている。
  • 1997年(平成9年)3月8日のJR東西線開業を前に、他のグループと同様に4両編成と3両編成に編成変えが行われた。この際捻出された14両のモハ207は、全て1500番代に改造された。詳細は207系1500番代を参照のこと。
  • 1100番代
    サハ207のうち、コンプレッサを搭載するものは1100番代として区分された。
製造メーカー6両編成2両編成小計合計(1100番代含む)
川崎重工業6本7本50両112両
近畿車輌5本5本40両
日立製作所3本2本22両
編成番号T1〜14S1〜14※新製時
 

207系1000番代 2次車

  • 1995年(平成7年)3月20日から4月29日にかけて、4両編成3本、3両編成9本の計39両が落成した。
  • S18編成
    福知山線で脱線事故を起こしたS18編成はこのグループに属し、当初はV34編成として落成した。
製造メーカー4両編成3両編成小計合計
川崎重工業1本5本19両39両
近畿車輌2本4本20両
編成番号V5〜7V31〜39※新製時
 

207系1000番代 3次車

  • 1996年(平成8年)3月22日から30日にかけて、4両編成2本、3両編成4本、およびモハ207が2両の計22両が落成した。
  • 翌年のJR東西線開業に備え、新製時からパンタグラフを2基搭載して登場した。また、モーターは220kwにパワーアップしたWMT104に変更された。
  • 制御装置形式が1・2次車のWPC3AからWPC4に変更された可能性があるが未確認
  • 1500番代
    2両のモハ207は207系0番代編成に組み込むためのもので、1500番代として製造された。車番はモハ207-1000番代の続番、1534および1535である。
製造メーカー4両編成3両編成モハ207-1500小計合計(1500番代含む)
近畿車輌2本-2両10両22両
川崎重工業-4本-12両
編成番号T18〜19S24〜27H1・H7編成組込※新製時
 

207系1000番代 4次車

  • 1996年(平成8年)9月27日から翌1997年2月28日にかけて、3両編成28本、計84両が落成した。同年3月8日のJR東西線開業に備え増備されたものである。
製造メーカー3両編成小計合計
川崎重工業13本39両84両
近畿車輌13本39両
後藤車輌所2本6両
編成番号S28〜55※新製時
 

207系1100番代

  • サハ207のみに存在する番代である。該当するのは、1000番代1次車の28両のサハ207のうち14両(1101〜1114)である。
  • 207系1000番代1次車のうち14編成(T1〜T14)は6両貫通編成として登場し、各編成にコンプレッサを搭載するサハ207と搭載しないサハ207を各々1両ずつ組み込んだ。このうちコンプレッサを搭載するサハ207を1100番代として区分した。
  • 現在も全車が4連化されたT編成(T1〜T14)に組成されている。
 

207系1500番代

  • 1997年(平成9年)3月8日のJR東西線開業を控えた編成変えに伴ない、207系0番代1次・2次車の3両編成全16本を4両編成化するために誕生したグループである。必要となる16両のモハ207のうち14両は207系1000番代1次車から改造され、2両は新製された。落成日は改造車が1996年5月31日〜1997月1月28日、新製車が1996月3月30日である。
  • 新製車2両は1000番代3次車と同時期に製造され、車番はモハ207-1000番代の続番、モーターも改造車のWMT102と異なりWMT104である。
  • 全車パンタグラフが撤去され、500番代から受電するよう改造された。新製車も同仕様である。
  • 改造車の車番は全て奇数、改造種車の車番に500を加えたものである。
モハ207-1500番代
改造車1501150315051507150915111513
1515151715191521152315251527
新製車153415351000番代3次車の製造数に加算済
 

207系2000番代

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207系2000番代/画像著作権 【小さな観光名所】

概要

  • 207系2000番代は、2002年(平成14年)1月9日から2003年(平成15年)8月8日にかけて2次に亘り80両が製造された。
  • 制御装置やモーター、運転台などは新快速用の223系2000番代に準じたものとなった。
  • 制御装置はGTOサイリスタからIGBT方式のWPC13に変更された。制御装置は補助電源装置と一体化され、インバータを5群搭載し、うち1群を補助電源として使用する。これが故障した際には走行用のインバータ1群を開放し、補助電源として使用可能である。
  • 制御装置は東芝製および三菱電機製の2種類があり外観も異なるが、双方の制御装置形式がWPC13であるかどうかは不明
  • 台車は、軸箱支持方式が従来は円錐積層ゴムのみであったものがコイルバネ併用円錐積層ゴム方式のWDT62(付随台車はWTR245)に変更された。
  • 速度計は223系2000番代に準じたアナログ方式となった。
  • モーターは、207系1000番代3・4次車のWMT104から223系2000番代に準じたWMT102Bに変更された(出力はWMT104と同じ220kw)。
  • 車体は従来と同様であるが、クモハ207・モハ207の側面戸袋上部付近に主電動機冷却空気取入用のルーバーが設けられた。また、新製時より連結部に転落防止幌が設置された。
  • クハ206には車椅子スペースが設けられた。
 

207系2000番代 1次車

  • 2002年(平成14年)1月9日から28日にかけて、4両編成3本、3両編成4本の計24両が落成した。
製造メーカー4両編成3両編成小計合計
川崎重工業1本3本13両24両
近畿車輌2本1本11両
編成番号T20〜22S56〜59※新製時
 

207系2000番代 2次車

  • 2003年(平成15年)6月6日から8月8日にかけて、4両編成8本、3両編成8本の計56両が落成した。全て近畿車両の製造である。
  • 窓ガラスがグリーンのスモークが入ったものに変更された。
製造メーカー4両編成3両編成小計合計
近畿車輌8本8本56両56両
編成番号T23〜30S60〜67※新製時
 

JR東日本の207系

207系900番代

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207系900番代/画像著作権 【裏辺研究所】

  • 207系900番代は旧国鉄が営業運転に投入した唯一のVVVF車で、1986年(昭和61年)に10両編成1本が製作された。試作的性格が強く、6両あるモハの制御装置は5社に製造が割り振られている。
  • 地下鉄線乗入れに備えて前面に非常用の貫通扉が設けられた他はほぼ205系の車体と同一で、基本的には205系のVVVF版と捉えれば分かり易い。現在も10両編成1本が203系と同様にJR東日本の常磐緩行線〜東京メトロ千代田線で運用に就いている。
  • 運転保安装置はATC-10形(ATC-4形より換装)およびATS-Sn形を搭載している。ATS-P形は可搬式のものを必要に応じて搭載している模様である。
  • JR西日本が保有する207系とは、双方ともDT-50系列の台車を使用していることや地下鉄線対応車として計画されたこと程度しか共通点がなく、車体や制御装置・運転保安装置(ATS/ATC)は異なり、事実上全く別の車両である。
←千代田線方面207系900番代取手方面→
車輌形式クハモハモハサハモハモハサハモハモハクハ
206206207207206207207206207207
車輌番号901903903902902902901901901901
製造車体川崎東急東急東急川崎川崎東急川崎川崎川崎
VVVF-東洋東芝-日立富士-三菱東芝-
落成日川崎重工業:1986.11.07 / 東急車輛:1986.11.10
 

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