このページでは、もし尼崎事故の事故現場で速度照査が行なわれていたならどういう結果になったかを考察します。ATSの各タイプの違いによりシステムの動作がどう異なるかを中心に記すため、列車の速度など尼崎事故のデータと異なる点があります。


条件設定

  • 路線の許容最高速度
    120km/h
  • 列車の最高速度
    運転士の操作にATSが介入しない場合の列車の最高速度を130km/hと仮定する。
  • ATS車上装置
    車上装置はATS-SW形およびATS-P形(ATS-P2)の双方を搭載。ATS-SW形として動作する場合はSWモードATS-P形として動作する場合はPモードと記載する。
  • 運転操作
    運転士は事故現場の曲線までは適切でない運転操作を行ない、事故現場の曲線から尼崎駅までは適切な運転操作を行なうと仮定する。理由の如何に拘らず、宝塚駅および伊丹駅では必ずオーバーランをするものとする。

仮定 1. ATS-SW形速度照査なし

  1. 当該編成は回送列車として尼崎方面から宝塚駅の場内へ進入した。回送列車は宝塚駅2番線の下り出発信号機(6R)の停止現示に係るATS-SW形ロング地上子(5・6RQ1)の上を通過した際に同地上子からの信号を受信し、SWモードの車上装置は警報ベルを鳴動させた。しかし運転士は所定の確認扱いを行なわなかったため、SWモードの車上装置は非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  2. 列車が完全に停止した後に運転士はATS車上装置の復帰操作を行ない、列車を再発車させ宝塚駅2番線の停止位置目標へ向かった。しかし、回送列車を緊急停止させたことにより運転士は動揺し、停止位置目標を冒進しそうになった。SWモードの車上装置は、停止位置目標の10m手前に設置された誤出発防止用のATS-SW形地上子(6R3Q2)からの停止信号により非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  3. 運転士は2度の緊急停止により大きく動揺しつつも、列車を営業列車として尼崎駅方面へ向けて発車させた。
  4. 列車は伊丹駅に停車する際、緊急ブレーキを使用したうえ大きくオーバーランした。これにより列車は遅延し、運転士はさらに動揺した。
  5. 列車は伊丹駅を発車し尼崎駅へ向かった。列車は遅延しており、運転士は焦っていた。
  6. 運転士はマスコンレバーを一杯に引き130km/hまで加速し、その後楕行に入り徐々に速度が低下した。
  7. 塚口駅を通過した後も運転士は適切なブレーキ操作を行なわず、列車は70km/hの速度制限曲線区間に約110km/hで進入した。
  8. 列車は大幅な速度超過により脱線転覆した。

仮定 2. ATS-SW形速度照査あり

ATS-SW形の設定条件
 ・速度照査は110km/h・90km/hの2点速照とする
※事故現場での現在のATS-SW形の設定条件は不明であるが、速度照査の設定速度が違っても考察の結果は殆んど変わらないと思われる。

  1. 当該編成は回送列車として尼崎方面から宝塚駅の場内へ進入した。回送列車は宝塚駅2番線の下り出発信号機(6R)の停止現示に係るATS-SW形ロング地上子(5・6RQ1)の上を通過した際に同地上子からの信号を受信し、SWモードの車上装置は警報ベルを鳴動させた。しかし運転士は所定の確認扱いを行なわなかったため、SWモードの車上装置は非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  2. 列車が完全に停止した後に運転士はATS車上装置の復帰操作を行ない、列車を再発車させ宝塚駅2番線の停止位置目標へ向かった。しかし、回送列車を緊急停止させたことにより運転士は動揺し、停止位置目標を冒進しそうになった。SWモードの車上装置は、停止位置目標の10m手前に設置された誤出発防止用のATS-SW形地上子(6R3Q2)からの停止信号により非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  3. 運転士は2度の緊急停止により大きく動揺しつつも、列車を営業列車として尼崎駅方面へ向けて発車させた。
  4. 列車は伊丹駅に停車する際、非常ブレーキを使用したうえ大きくオーバーランした。これにより列車は遅延し、運転士はさらに動揺した。
  5. 列車は伊丹駅を発車し尼崎駅へ向かった。列車は遅延しており、運転士は焦っていた。
  6. 運転士はマスコンレバーを一杯に引き130km/hまで加速し、その後楕行に入り徐々に速度が低下した。
  7. 塚口駅を通過した後も運転士は適切なブレーキ操作を行なわず、速度照査ATS-SW形地上子が設置されている110km/hの速度照査地点へ約120〜125km/hで進入した。
  8. 運転士は適切なブレーキ操作を行なわなかったが、地上側の速度照査用ATS-SW地上子の上を車輌が通過した際にSWモードの車上装置が設定速度を超過したことを検知し、非常ブレーキを動作させた。
  9. 列車は70km/hの速度制限曲線区間に70km/hを上回る速度で進入した。地上側の速度照査用ATS-SW地上子は適切に配置されていたが、これは列車の最高速度が120km/h以下であることを前提に設置されており、列車の速度が120km/hを上回っていたために完全には対処できなかった。
  10. 列車は小規模な速度超過により脱線転覆を免れ、無事に曲線区間を通過し緊急停止した。
  11. 列車が完全に停止した後に運転士はATS車上装置の復帰操作を行ない、列車を再発車させ尼崎駅へ向かった。
  12. 列車が緊急停止したことにより、列車はさらに遅延し尼崎駅へ到着した。
  13. 運転士は宝塚駅で2度も非常ブレーキを動作させたこと、および伊丹駅で非常ブレーキ使用のうえオーバーランしたこと、およびこれにより列車が遅延したことについて上司から厳しい追及を受けた。更にこれに加え、塚口〜尼崎駅間で列車を緊急停止させたこと、およびこれに伴い発生した更なる列車遅延について、上司から厳しい追及を受けた。

仮定 3. ATS-P形・速度照査なし

ATS-P形の設定条件
 ・全線P型もしくは拠点P型のATS-P形

  • 仮定 1の「ATS-SW形速度照査なし」とほぼ同じく脱線転覆となるため、省略。最高運転速度に対する常時速度照査があれば曲線への進入速度が下がっていた可能性があるが、脱線転覆は免れなかったと思われる。
    ただし、宝塚駅2番線の下り出発信号機(6R)に係る緊急停止が発生しなくなるため、運転士の精神状態によっては事故が発生しなかった可能性はある。

仮定 4. ATS-P形 (拠点P型)・速度照査あり

ATS-P形(拠点P型)の設定条件
 ・曲線速照はパターン発生を伴なう
 ・宝塚駅場内の分岐器の速度照査ATS-P形にて実施
 ・最高運転速度に対する常時速度照査なし
 ・常用/非常ブレーキでの強制制動あり
※事故現場での現在のATS-P形(拠点P型)の設定条件が不明であるため、この考察には多くの推定がある。

  1. 当該編成は回送列車として尼崎方面から宝塚駅の場内へ進入した。宝塚駅2番線の下り出発信号機(6R)は停止現示であったが、Pモードの車上装置は同出発信号機に対しパターンを発生させ速度照査を行なった。運転士は適切に速度を落とさなかったが、Pモードの車上装置は常用ブレーキを動作させ回送列車を適切に減速させた。列車は緊急停止することなく宝塚駅2番線へ向かった。
  2. 運転士は動揺することもなく回送列車を宝塚駅2番線に入線させ、停止位置目標へ向かった。しかし、注意不足により運転士は停止位置目標を冒進しそうになった。Pモードの車上装置は、停止位置目標の手前(10〜20m)に設置された誤出発防止用のATS-P形地上子からの停止信号により非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  3. 運転士は緊急停止により少々動揺しつつも、列車を営業列車として尼崎駅方面へ向けて発車させた。
  4. 列車は伊丹駅に停車する際、非常ブレーキを使用したうえ大きくオーバーランした。これにより列車は遅延し、運転士は大きく動揺した。
  5. 列車は伊丹駅を発車し尼崎駅へ向かった。列車は遅延しており、運転士は焦っていた。
  6. 運転士はマスコンレバーを一杯に引き130km/hまで加速し、その後楕行に入り徐々に速度が低下した。
  7. 塚口駅を通過した後も運転士は適切なブレーキ操作を行なわず、速度照査用ATS-P形地上子設置地点へ約125〜130km/hで進入した。速度照査用ATS-SW地上子設置地点への進入速度と異なるのは、ATS-P地上子のほうが手前に設置されていたためである。
  8. 運転士は適切なブレーキ操作を行なわなかったが、地上側のATS-P地上子の上を車輌が通過した際にPモードの車上装置がパターンを発生させた。しかし、ATS-P地上子はこの地点での列車の速度が120km/h以下であることを前提に設置されていた。
  9. 列車の速度はこの時点で125km/h以上であったため、既にパターンが許容する速度を上回っていた。Pモードの車上装置は常用ブレーキより制動力の高い非常ブレーキを動作させた。
  10. 列車は70km/hの速度制限曲線区間に約70km/hの速度で進入した。地上側の速度照査用ATS-P形地上子は適切に配置されていたが、これは列車の最高運転速度が120km/h以下であることを前提に設置されており、列車の速度が120km/hを上回っていたために完全には対処できなかった。ただし、速度照査ATS-SW形地上子が非常ブレーキによる制動を前提に設置されているのに対し、ATS-P形地上子は常用ブレーキによる制動を前提に設置されていたため、幾分の余裕があった。
  11. ATS-P形地上子がATS-SW形地上子より手前に設置されていたことにより非常ブレーキの動作が早かったこと、および常用ブレーキ前提によるところで非常ブレーキを動作させたことにより、列車はATS-SW形による速度照査の際より低い速度まで減速できた。ほぼ速度制限である約70km/hまで減速できたことにより列車は脱線転覆を免れ、無事に曲線区間を通過した。
  12. 常用ブレーキではなく非常ブレーキが動作したため、列車は緊急停止した。
  13. 列車が完全に停止した後に運転士はATS車上装置の復帰操作を行ない、列車を再発車させ尼崎駅へ向かった。
  14. 列車が緊急停止したことにより、列車はさらに遅延し尼崎駅へ到着した。
  15. 運転士は宝塚駅で1度非常ブレーキを動作させたこと、および伊丹駅で非常ブレーキ使用のうえオーバーランしたこと、およびこれにより列車が遅延したことについて上司から厳しい追及を受けた。更にこれに加え、塚口〜尼崎駅間で列車を緊急停止させたこと、およびこれに伴い発生した更なる列車遅延について、上司から厳しい追及を受けた。

仮定 5. ATS-P形 (全線P型)・速度照査あり

ATS-P形(全線P型)の設定条件
 ・曲線速照はパターン発生を伴なう
 ・最高運転速度に対する常時速度照査あり
 ・常用/非常ブレーキでの強制制動あり

  1. 当該編成は回送列車として尼崎方面から宝塚駅の場内へ進入した。宝塚駅2番線の下り出発信号機(6R)は停止現示であったが、Pモードの車上装置は同出発信号機に対しパターンを発生させ速度照査を行なった。運転士は適切に速度を落とさなかったが、Pモードの車上装置は常用ブレーキを動作させ回送列車を適切に減速させた。列車は緊急停止することなく宝塚駅2番線へ向かった。
  2. 運転士は動揺することもなく回送列車を宝塚駅2番線に入線させ、停止位置目標へ向かった。しかし、注意不足により運転士は停止位置目標を冒進しそうになった。Pモードの車上装置は、停止位置目標の手前(10〜20m)に設置された誤出発防止用のATS-P形地上子からの停止信号により非常ブレーキを動作させた。回送列車は緊急停止した。
  3. 運転士は緊急停止により少々動揺しつつも、列車を営業列車として尼崎駅方面へ向けて発車させた。
  4. 列車は伊丹駅に停車する際、非常ブレーキを使用したうえ大きくオーバーランした。これにより列車は遅延し、運転士は大きく動揺した。
  5. 列車は伊丹駅を発車し尼崎駅へ向かった。列車は遅延しており、運転士は焦っていた。
  6. 運転士はマスコンレバーを一杯に引き120km/hを超えてなお加速しようとしたが、Pモードの車上装置がこれを検知し常用ブレーキを動作させ速度超過を防止した。Pモードの車上装置がブレーキを動作させたことに気付き、運転士はマスコンレバーを緩めた。
  7. 運転士は塚口駅を通過した後も適切なブレーキ操作を行なわなかったが、地上側の速度照査用ATS-P形地上子の上を車輌が通過した際にPモードの車上装置がパターンを発生させ、常用ブレーキを動作させてパターンが許容する速度を超過することを防止した。
  8. 列車は70km/hの速度制限曲線区間に70km/h以下の速度で進入した。
  9. 列車は緊急停止することなく、何事もなかったように無事に曲線区間を通過し、尼崎駅へ向かった。
  10. 列車は遅延して尼崎駅へ到着したが、塚口〜尼崎駅間では遅延しなかった。
  11. 運転士は宝塚駅で1度非常ブレーキを動作させたこと、および伊丹駅で非常ブレーキ使用のうえオーバーランしたこと、およびこれにより列車が遅延したことについて上司から厳しい追及を受けた。しかし、塚口〜尼崎駅間の運転操作については何らの咎めを受ける要素はなかった。
 

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Last-modified: 2006-05-01 (月) (6563d)