速度照査の概要
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速度照査(略して「速照」とも言う)とは、ATSやATCなどの運転保安装置が有する機能の一つである。但し、全ての運転保安装置が速度照査機能を有する訳ではなく、また装置の種類によって機能が大きく異なる。
速度照査機能を有する運転保安装置は、列車の速度が許容された速度を上回った際に、運転士に対し警告したり、列車を自動的に緊急停止させたり、許容速度まで自動的に減速させたりすることが出来る。

目次
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速度照査の機能

ATS速度照査機能は本来、列車が信号機の停止現示を冒進(赤信号突破)し、他の列車へ追突したり正面・側面衝突したりすることを防止するために開発された。しかし分岐器での速度超過事故が増加したため、これを防止するために分岐器に対する速度照査装置が開発された。さらにこれを応用したものが線路終端部や曲線に設置された。速度照査の目的は、『複数列車による衝突事故防止』から『単独列車による脱線転覆事故防止』を加えたものへと大きく拡大された。
同時にこれは、ATS自体の目的を『停止現示下での事故防止』から『停止現示下のみでなく、進行現示下を含めた事故防止』へと大きく拡大するものであった。
一方で装置は開発されたものの、信号機以外への速度照査導入は国鉄・JR/私鉄を問わず任意であり、単独列車による脱線転覆事故防止対策としての速度照査機能は、あくまでATSの付加的(オプション的)な機能であった。これが重要な機能として一般国民に周知されたのは尼崎事故が発生したことによる。一方でATSの目的の第一は閉塞の確保による列車衝突防止であることは周知されず、ただ漠然と『ATSは速度超過を防止するための装置』という誤った認識が広まっている風潮がある。

小目次

信号機に対する速度照査機能

信号速照の概要
本来ATSは信号機の停止現示の冒進(赤信号無視)を防止するために開発されたものであり、信号機に対する速度照査機能は早くから重視されていた。分岐器・曲線・線路終端部・最高運転速度等の速度照査と異なる点は、信号は他の列車の動きによって現示が変わり、それに合わせて照査速度も頻繁に変化することである。このため、全ての信号機に対して速度照査を行なうには多くの信号機器類と連動する大掛かりな設備が必要である。

軌道回路方式

初期型ATSであるATS-B形には信号機に対する速度照査機能があり、軌道回路で停止信号機からの列車位置を検知し、その距離に応じて速度制限情報を軌道回路で伝達し、これを元に車上側で連続的に速度照査を行なうことが出来た。但し照査速度は注意現示速度(45km/hないし55km/h程度)と停止現示での15km/hのみであり、機能は限定的であった。詳細についてはATS-B形の信号速照機能を参照のこと。

時素方式

地上時素方式の初期型ATSであるATS-S形には信号速照機能は無かったと思われる。
時素方式の改良型ATS(ATS-Sx型)でも殆んど信号速照は行なわれていない。極く一部の例外として、車上時素方式の信号速照の設置例があるとされる。地上時素方式の信号速照については不明ながら皆無に近いと思われる。時素方式で確度の高い信号速照を行なうには、地上時素/車上時素のどちらの方式でも多量の地上子を設置する必要がある。また、設置していてもパターン方式ほどの安全性があるとは限らない。
信号速照の設置例が殆んど無い改良型ATS設置線区(JR線区の大半)では追突の危険性があり、また絶対信号機直下に即時停止地上子を置いていても、高速で停止現示を冒進(赤信号無視)した際には正面衝突や側面衝突の危険性がある。

パターン方式

  • 多変周式
    関西本線型ATS-Pは多変周式の地上子を用い、多段階の信号速照を行なっていたと推測されるが詳細は不明
  • トランスポンダ方式
    多変周式に替わって正式化されたトランスポンダ方式のATS-P形、及びその廉価版のATS-PN形は完璧に近い信号速照機能を持ち、JR東日本では基本的に全てのATS-P形ATS-PN形設置線区の絶対信号機及び許容信号機に対して速度照査を実施している。これにより、ブレーキ装置の異常時(機器故障・耐雪ブレーキ誤扱い等)を除き、正面衝突・側面衝突・追突の危険性をほぼ完全に排除している。但しJR西日本では1997(平成9)年以降、ATS-P形線区で許容信号機への速度照査機能を省略した拠点P型(追突の危険性がある)の整備を推進している。
    ATS-P形ATS-PN形の速照は停止現示(赤信号)に対して行なわれ、中間現示(減速・注意・警戒)の速度制限に対しては速度照査は行なわれない。このため、中間現示速度よりもパターンが許容する速度の方が高い場合には、信号現示に対する速度超過を防止出来ない。ATS-P形では現示アップ機能により信号現示を一段上げることにより、本来の現示より高い速度で走行することを運転士に対し許容し、パターンが許容する速度での進行を認めている(この場合、一段上がった信号現示以下でもパターンに近接すれば常用ブレーキが強制動作する)。
    現示アップ機能を有さないATS-PN形では、運転士が適切な操作を行なわない場合は信号現示に対する速度超過となる。基本的には現示アップ機能を有するATS-P形と安全性は変わらないが、これは信号現示速度を違反していることになる。またATS-P形線区でも、出発信号機が停止現示の停車場へ進入する際に、中間現示速度に違反して高速で進入する例があるとされている。これらの違反行為に対して、パターン速照であるから安全性に問題はなく運転士の裏技として認めるべきとする考えと、違反を容認すべきではないとする考えがあるが、この問題について一般からの関心は無きに等しい。なおこの問題は、現示アップ機能と第二場内(若しくは第三場内以降)信号機を必要な地点全てに設置すればシステム的には解消する。
    なお念のため記すが、上記は全線P型の動作状況を示す。許容信号機への速度照査機能を省略した拠点P型では、中間現示だけでなく停止現示に対しても速度照査が行なわれないため、車輌の性能限界の高速で閉塞信号機の停止現示を冒進(赤信号無視)する危険性がある。こちらは容認し得ない問題である。
  • 単変周式
    ATS-Ps形は絶対信号機及び許容信号機の双方への速度照査機能があるが、実態は許容信号機への設置のみで許容信号機への設置は殆んど実施されていない(即ち追突の危険性が残る)。また今後は一部の主要駅を除いて絶対信号機の設置も省略される見込みである(即ち追突の危険性があり、正面衝突・側面衝突についても時素方式と同程度残る)。
    信号速照はトランスポンダ方式と同様に停止現示(赤信号)に対して行なわれ、中間現示(減速・注意・警戒)の速度制限に対しては速度照査は行なわれない。現示アップ機能は有さず、ATS-PN形と同様に中間現示に対する速度超過は防止出来ない(システム上安全性は変わらないとされる)。また拠点P型として設置されているため、車輌の性能限界の高速で閉塞信号機の停止現示を冒進(赤信号無視)することを防止出来ない(こちらは安全上の問題がある)。
 

分岐器に対する速度照査機能

分岐器速照の概要
分岐器に関する列車事故は多く、多重衝突事故に繋がり易い。また分岐器では直進側と分岐(曲線)側での速度差が大きいことが多く、P型ATS開発の契機となった2つの事故も、分岐器での大幅な速度超過が原因であった。このため、限定的ながら早くから分岐器への速度照査は重視されていた。
分岐器は信号機と連動しており、信号機に対する速度照査機能と混同し易いが、分岐器速照とは基本的には、分岐器の『分岐側の曲線の速度制限』に対する速度照査である。よって基本的には曲線の速度制限と何ら変わるところはない。但し、分岐方向によって速度照査機能の有効・無効を切替える機構が必要である。
ある程度の設置箇所数があること、信号速照と混同し易いこと、報導機関の関心が尼崎事故により曲線速照に集中していることにより関心度は低い。しかし分岐方向により速度差があり、同じ場所でも制限速度の違いが発生し運転士の誤認を招き易いこと、速度差が大きく制限速度(即ち脱線速度)が一般的に低いこと、駅や信号場などの列車運行の要衝地点に多く分岐器が配され列車衝突の危険性が高く、またその多くが人口密集地であることなどから、分岐器での速度超過は曲線での速度超過より余程危険で速度照査の必要があるが、全ての分岐器へは速度照査設備の設置が及んでいない。
なお、信号機に対する速度照査機能を用いて限定的に分岐器速照を兼用させることが可能な場合もあると考えられるが、実例の有無は不明である。またこれを行なうためには、分岐側の信号現示を注意現示(黄信号)等より上位に現示させないようにする等の措置が必要である。

軌道回路方式

詳細は不明ながら、ATS-B形には分岐器に対する速度照査機能は無かったと思われる。但し、分岐器は信号機と連動していることから、信号機に対する速度照査機能を有するATS-B形では分岐側の信号現示を注意現示(黄信号)とすることで、限定的ながら速度照査が出来た可能性はある(事例の有無は不明)。照査速度は注意現示速度(45km/hないし55km/h程度)のみである。停止現示とすることで15km/hの分岐器速照を実施出来るが実用的とは思えない。

時素方式

時素方式の速度照査装置は分岐器速照のために開発された。

初期型ATS
初期型ATSではATS-S形が地上時素方式の分岐器速照機能を有していた。しかし列車の速度が60km/h以上では速度照査が出来ず、また警報機能のみで列車を強制停止させる機能は無かった。

改良型ATS
改良型ATS(ATS-Sx型)は全て、時素方式の分岐器速照機能を有している。地上時素方式と車上時素方式があり、どちらも列車を強制的に停止させる機能がある。また、列車の速度が60km/h以上でも速度照査が可能となった。

パターン方式

  • 多変周式
    関西本線型ATS-Pは分岐器での速度超過が原因の脱線事故(1973年12月26日の関西本線平野駅脱線事故)を契機に開発されたことから、分岐器速照機能を有すると推測されるが詳細は不明ATS-B形と同様に、信号速照を用い分岐器速照を行なうことは可能だったと思われる。
  • トランスポンダ方式
    ATS-P形、及びその廉価版のATS-PN形は完璧に近い分岐器速照機能を持つ。トランスポンダ地上子より車上側へ制限速度や速度制限地点までの距離等を伝達し、これを元に車上側でパターンを作成し連続速照を行なう。
    JR東日本JR西日本ともに全ての分岐器に速度照査設備を設置している訳ではない様である。JR西日本は現在までに少なくとも223箇所(ATS-P形のみ)の分岐器に設置しているが、ATS-P形線区の全ての分岐器に設置しているか否かは不明である(因みにJR西日本では1917箇所以上でATS-P形による信号速照を行なっている)。
    信号速照機能を用いて分岐器速照を兼用させる事例や、信号速照と分岐器速照を統合(信号と分岐器の双方の速度制限条件をもとに同一のトランスポンダ地上子より車上側へ伝達)する機能の有無及びその事例については不明である。
  • 単変周式
    ATS-Ps形は分岐器速照機能を持つが、JR東日本は殆んど、或いは全く分岐器に速度照査設備を設置していない。分岐器速照の仕組については不明な点が多い(速度照査の方式・単変周式を参照のこと)。
 

曲線に対する速度照査機能

曲線速照の概要
曲線速照機能は従来あまり重視されておらず、あくまでATSの付加的(オプション的)な機能であったが、尼崎事故の発生により一般国民からも注目される機能となった。付加的機能扱いについては国鉄・JRと大手民鉄ともに変わらない。
私鉄通達に関する誤解
1967(昭和42)年に運輸省が速度照査機能付ATS/ATCの設置を大手民鉄に義務付けた通達11号(昭和42年鉄運第11号/昭和62年廃止)、いわゆる私鉄通達について、これが国鉄・JRに適用されていれば尼崎事故は防げたとする見方は誤りである。同通達は信号機および線路終端部に対する速度照査を義務付けたもので、曲線や分岐器については義務付けておらず、尼崎事故当時の大手民鉄でも曲線での速度照査設備は完備していなかった。同通達が国鉄・JRに適用されなかったことは問題だが、曲線速照とは別問題であることには留意する必要がある。

軌道回路方式

詳細は不明ながら、ATS-B形には曲線に対する速度照査機能は無かったと思われる。ATS-B形で曲線速照を行なうには曲線区間の軌道回路を変更する必要があり、また照査速度も注意現示速度(45km/hないし55km/h程度)と15km/hのみで任意の速度での速度照査は不可能である。

時素方式

初期型ATS
初期型ATSではATS-S形が地上時素方式の速度照査機能を有していたが、曲線に設置された事例は確認されていない。設置したとしても列車の速度が60km/h以上では速度照査が出来ず、また警報機能のみで列車を強制的に停止させる機能も無かったことから、設置されていなかったと思われる。

改良型ATS
改良型ATS(ATS-Sx型)は全て、時素方式の曲線速照機能を有している。地上時素方式と車上時素方式があり、どちらも列車を強制的に停止させる機能がある。また、列車の速度が60km/h以上でも速度照査が可能である。

  • 地上時素方式の改良型ATS
     ATS-Sn形ATS-SN形
    地上時素方式は国鉄時代のATS-S形の分岐器速照機能をJRが改良したものとほぼ同機能の装置を曲線に設置するもので、JR北海道が導入している。JR東日本での導入事例は確認されていない。
    車上側には殆んど装置の追加の必要が無い一方で速度照査地点ごとにリレー回路を用いた制御装置も必要であり、これを働作するための電源も必要である。設置費用も高価であり、2005年度にJR北海道が曲線へ設置した際には曲線1箇所(2点速照)あたり1500万円掛かると伝えられた。このため今後の設置はさほど進まないものと思われる。
    • JR北海道ATS-SN形
      尼崎事故以前には設置していなかった(ただし貨物列車が3度脱線した函館本線の大沼駅〜姫川駅間に1997年頃に設置していたとする根強い説がある)。現在までに少なくとも14箇所の曲線に設置している(整備予定21箇所)。列車種別(振子式車輌/一般車輌)による照査速度振分け機能の導入については不明
    • JR東日本ATS-Sn形
      尼崎事故以前・以後ともに曲線に全く設置していない疑惑がある(ATS-P形ATS-PN形を除く)。首都圏でのATS-Sn形線区へのATS-PN形導入を拡大するほかは具体的な対策がなく、速度照査が必要な曲線907箇所のうち2006(平成18)年3月31日に於いて842箇所が未設置(JR東日本全体、但し大半がATS-Sn形線区と思われる)となっており、4000km以上に及ぶATS-Sn形線区の曲線での速度超過対策は事実上放置状態である。
  • 車上時素方式の改良型ATS
     ATS-ST形ATS-SW形ATS-SS形ATS-SK形・ATS-SF形・ATS-Sn´形
    車上時素方式の改良型ATSであるATS-ST型は、JR東海JR西日本JR四国JR九州が道入している。ATSとしての基本機能は、同じく改良型ATSであるATS-Sn形ATS-SN形と同様であるが、分岐器速照の改良に際してJR東海が新たに地上時素方式のATS-ST形を開発し、これとほぼ同機能のものを曲線に設置することが可能である。設置も極めて簡単で、ただATS地上子2基をボルト締めするだけで配線すら必要無く、部品代も1対2基で10〜20万円程度と言われる。一方で、列車により異なる速度で速度照査を行なうことは困難で、振子式車輌運用線区に於いては一般車輌の速度超過を完全には防止出来ない問題がある。
    • JR東海ATS-ST形
      JR東海ATS-ST形を開発したにも拘わらず、尼崎事故以前は曲線速照設置箇所は僅か8ヶ所であった。現在までに少なくとも48箇所の曲線に設置されている(整備予定48箇所/完了)。但しJR西日本と同様、振子式車輌運用線区に於いては一般車輌の速度超過を完全には防止出来ないと推測される。
    • JR西日本ATS-SW形
      尼崎事故以前に17箇所、現在までに少なくとも1274箇所(ATS-P形含まず)の曲線に設置し、整備を完了している。但し列車種別による照査速度振分け機能が導入されていないため、振子車輌と一般車輌の照査速度は同一であり、現在のJR西日本線区でも振子式車輌運用線区に於いては一般車輌の速度超過を完全には防止出来ない(確認済)。
    • JR四国ATS-SS形
      尼崎事故以前には設置箇所無し、尼崎事故以後の整備予定62箇所(国土交通省基準33箇所・自社基準29箇所)については既に曲線への設置を完了した。但しJR西日本と同様、振子式車輌運用線区に於いては一般車輌の速度超過を完全には防止出来ないと推測される。
    • JR九州ATS-SK形
      尼崎事故以前には設置箇所無し、現在までに少なくとも11箇所の曲線に設置している(整備予定96箇所)。振子式車輌については車上装置の時素を短縮して照査速度を一般車輌より高くしている模様(0.5秒のところ0.45秒)であるが、一割程度の時素短縮では振子式車輌の性能を充分に発揮出来ず、都市部以外では振子式車輌に合わせて地上子を設置しているものと推測される。

パターン方式

  • 多変周式
    関西本線型ATS-Pは、多変周式の地上子により多段階の速度制限情報を伝達出来たことから曲線速照が出来た可能性が無くはないが、詳細は不明である。
  • トランスポンダ方式
    ATS-P形、及びその廉価版のATS-PN形は高度な曲線速照機能を持つ。トランスポンダ地上子より車上側へ制限速度や速度制限地点までの距離等を伝達し、これを元に車上側でパターンを作成し連続速照を行なう。一方で、曲線速照機能はあくまで付加的機能であり、全ての曲線で速度超過を防止出来る訳ではない。尼崎事故後に、速度照査が必要な曲線への設置はほぼ完了したと思われるが、これは特に危険な曲線への設置が完了したというだけのことであり、全線に亘って曲線での速度超過を防げる訳ではないことには留意する必要がある。
 

線路終端部に対する速度照査機能

線路終端部速照の概要

st_hakodate_musasino_01_mini.jpgmy_st_tokyo_02ban_01_mini.jpg左/函館駅は即時停止地上子を線路終端部間際に一基のみ設置、高速どころか低速でも車止激突事故を防止出来ない。
右/東京駅の1・2番線には地上子が9基設置されており、うち6基が過走防止対策とみられる。
函館駅 【(C)武蔵野通信局、2006.03.21】 / 東京駅2番線 (管理人撮影、2006.10.27)

線路終端部に於いて、不適切な運転操作により列車が車止に激突する事例はあったが、ブレーキ故障に起因するものを除けば低速時による事故が殆んどであり、多くの乗客が死亡する事例に乏しかったため運転士の不注意として済まされてきた。一方で、高速にて車止へ激突する際には駅構内の乗客や駅外へも重大な被害が及ぶ恐れがあり、特に近年では高架化が進展しているため列車が高架から転落する危険性も増大している。
2005(平成17)年3月2日、土佐くろしお鉄道の宿毛駅で、特急列車が約100km/hの高速で高架の線路終端部に激突する宿毛事故が発生、転落こそ免れたが車両および駅施設を大きく破壊する事態を招いた。この事故はある程度世間一般の関心を集めたが、その後尼崎事故が発生したことにより世間の関心は曲線での速度照査に移り、JR各社も曲線速照の整備に重点を於いているため、線路終端部速照設備の整備は立遅れている模様である。またJR各社では、設置済の線路終端部でも一部を除いては列車の高速進入に対応していない(設備を省略している)疑いがある。

軌道回路方式

詳細は不明ながら、ATS-B形は電流値測定による列車位置検出の精度が不安定であったこと、即時停止機能を付加することが困難なこと、照査段階が少なく注意現示速度(45km/hないし55km/h程度)と15km/hのみで低速時の精緻な多段階照査が出来ないことから、線路終端部に対する速度照査は困難であったと思われる。

時素方式

地上時素方式・車上時素方式ともに、現在運用中のものは線路終端部に対する速度照査機能がある。ともに点速照方式であるから、確実に列車を停止させるためには線路終端部に大量に地上子を設置する必要があり、特に各々の地上子対にリレー回路を用いた制御装置を必要とする地上時素方式では大掛かりな設備が必要である。

初期型ATS
初期型ATSではATS-S形は地上時素方式の速照機能を有していたが、線路終端部に速照設備を設置していたかどうかは不明。仮に設置していても、列車の速度が60km/h以上では速度照査が出来ず高速からの列車進入に対しては無防備であり、また警報機能のみで列車を強制停止させる機能が無いため、線路終端部への激突を確実に防止することは不可能である。

改良型ATS
改良型ATS(ATS-Sx型)は全て、時素方式の線路終端部速照機能を有している。地上時素方式と車上時素方式があり、どちらも列車を強制的に停止させる機能がある。また、列車の速度が60km/h以上でも速度照査が可能となった。

  • 地上時素方式の改良型ATS
     ATS-Sn形ATS-SN形
    地上時素方式は国鉄時代のATS-S形の分岐器速照機能をJRが改良したもので、これと同機能の装置を、分岐器だけでなく曲線や線路終端部に設置することが可能である。一方で大量に速照用地上子を設置した上で各々の地上子対にリレー回路を用いた制御装置を設置する必要があり、更にこれを各番線ごとに設置せねばならず設置には大変な費用と手間が掛かる。このため設備を設置しないか、あるいは設備を省略して設置している例がある。福島交通がATS-SN形(JRのATS-Sn形ATS-SN形とほぼ同機能と思われる)を線路終端部へ設置しているが、照査速度は20km・10km・5km/hの3段階と即時停止(0km/h)のみで、高速からの列車進入に対しては無防備に等しい。
    JR北海道(ATS-SN形)は2006(平成18)年3月21日に於いて少なくとも函館駅及び稚内駅で速度照査を行なっておらず全くの無防備、他の駅は不明
    JR東日本(ATS-Sn形)は尼崎事故後に国土交通省より指摘された2駅について、ATS-Sn形の速照設備を設置するとしていたが現在の設置状況、及び高速からの列車進入に対応しているかどうかは不明。さらに線路終端部速照が必要な24駅についてはATS-P形ATS-PN形ATS-Ps形を導入するとしているが、それまではATS-Sn形の線路終端部対策は放置状態となる模様。
  • 車上時素方式の改良型ATS
     ATS-ST形ATS-SW形ATS-SS形ATS-SK形・ATS-SF形・ATS-Sn´形
    車上時素方式の改良型ATSであるATS-ST型は、JR東海JR西日本JR四国JR九州が道入している。ATSとしての基本機能は、同じく改良型ATSであるATS-Sn形ATS-SN形と同様であるが、分岐器速照の改良に際してJR東海が新たに地上時素方式のATS-ST形を開発し、これとほぼ同機能のものを線路終端部に設置することが可能である。
    設置は容易であるが、高速からの列車進入に対応するためには大量に速照用地上子を設置する必要がある。2005(平成17)年3月2日に発生した土佐くろしお鉄道(JR四国と同様のATS-SS形を導入)の宿毛駅への激突事故では、線路終端部に対する速照設備が設置されてはいたが、地上子を十分に設置していなかったために、約100km/hの高速で列車が車止に激突する事態を防止出来なかった。
    宿毛事故および尼崎事故の発生により各社とも線路終端部速照設備を整備するとしているが、その進行状況は不明である。また整備済であったとしても、高速からの列車進入に対応しているとは限らない。

パターン方式

  • 多変周式
    関西本線型ATS-Pは、多変周式の地上子による多段階の速度制限情報をもとにパターン速照を行なう機能があったことから、線路終端部に対する速度照査が可能であったと推測されるが、その機能の詳細や設置例の有無は不明である。
  • トランスポンダ方式
    ATS-P形及びその廉価版のATS-PN形は、完璧に近い線路終端部速照機能を持つ。トランスポンダ地上子より車上側へ線路終端部の停止地点までの距離等を伝達し、これを元に車上側でパターンを作成し連続速照を行なう。
    ATS-P形で特筆されるのがJR東日本の東京駅1・2番線(中央本線)への設置例である。行止り方式の駅へは通常、車止への列車激突を防止するために低速で進入するが、中央本線の通勤電車は混雑を解消するため高速(中間駅と同様)でホームに進入する必要があり、万一の車止激突を防止するため、従来は長大な過走防止線が設けられていた。1997(平成9)年の北陸(長野)新幹線開業のため新幹線ホーム増設スペースの捻出が必要となり、中央本線ホームが重層化されることになった。従来よりさらに高い高架線となり、絶対に過走が許されない構造となったが、重層化に際しJR東日本は過走防止線を殆んど設けなかった。この事例は、同社がATS-P形に絶対の信頼を置いていることの象徴の一つとなっている。廉価版のATS-PN形も、保安度はATS-P形と同一とされる。
    機能的に優れるトランスポンダ方式であるが、全ての線路終端部へ設置されているかどうかは不明である。またトランスポンダ方式とて完璧ではなく、積雪時などに適切な措置がとられなかった場合には、列車が車止へ激突したり、高架線から転落したりする危険性がある
  • 単変周式
    ATS-Ps形はパターンを用いた線路終端部速照機能を持つ。これにより、ATS-Ps形車上装置を搭載する列車はトランスポンダ方式と同様に高い確度で車止への列車激突を防止することが出来る。一方で、改良型ATS(ATS-Sx型)やATS-P形車上装置しか搭載しない列車に対してはパターン速照を行なうことが出来ない。JR東日本尼崎事故以後に23駅の線路終端部へ設置するとしているが、設置したとしても、ATS-Sx型ATS-P形搭載車では高速での車止激突事故を起こす危険性が残る。また、線路終端部2駅のみのためにATS-Ps形車上装置を搭載するのは費用対効果が高いとは思えず、どれだけの車輌(ATS-Sn形搭載車)へ整備が及ぶのか疑問が残る。
    ATS-Ps形は必要な機能は有するが、整備計画や路線・車輌の現状を見ると、近い将来にATS-Ps形設置線区の線路終端部での車止激突事故を防止出来るようにはならないと推定される。
 

最高運転速度に対する速度照査機能

最高運転速度速照の概要
最高運転速度速照機能は、列車の速度が路線に許容された最高運転速度を超過することを防止する機能である。国鉄/JR各社でこの機能を有するATSはP型ATSのみである。
従来は最も注目されていなかった速度照査機能であるが、土佐くろしお鉄道の宿毛駅事故や尼崎事故など、運転士が正常な運転操作が出来ない状態だったのではないかと疑われる事故の発生により、多少注目が高まった機能である。但し一般からの関心は無きに等しい。

軌道回路方式

ATS-B形は最高運転速度に対する速度照査機能を有していなかった。

時素方式

地上時素方式(初期型ATSおよび改良型ATS)と車上時素方式の双方とも、最高運転速度に対する速度照査機能を有していない。

パターン方式

  • 多変周式
    関西本線型ATS-Pがこの機能を有しているかどうかは不明である。
  • トランスポンダ方式
    ATS-P形は、最高運転速度に対する速度照査機能を有する。但し、全ての路線でこの機能が有効であるかどうかは不明である。ATS-PN形路線についても、車上装置はATS-P形と共通(ATS-PN形車上装置は存在しない)であるから同機能を有すると思われるが未確認。最高運転速度は路線によって異なることから、車上装置へ速度設定を行なうか、或いは設定速度を車上側へ送る地上子を設置するか、或いはその双方の用意が必要である。
    最高運転速度速照機能を有していても、全ての速度超過を防止することは出来ない。十分に速照用地上子を設置しているATS-P形路線であっても、加速時に速度超過を防止することは不可能である。一例を挙げると、最高運転速度が120km/h、曲線速度制限が70km/h、その先に100km/hの速度制限区間がある場合、120km/hから70km/hへ減速する際に速度超過を防止することは出来るが(曲線速照)、70km/hから100km/hに加速する際に100km/hを超過することを防止することは出来ない(120km/h以上に加速しないよう防止することは出来る)。地上子を大量に設置すれば可能になるとは思われるが、全線での速度超過を本格的に防止するには、軌道回路方式のATCを導入する必要がある。
  • 単変周式
    ATS-Ps形がこの機能を有しているかどうかは不明である。
 
 

速度照査の方式/国鉄・JRのATS

軌道回路方式

  • 該当形式
    ATS-B形
  • 仕組
    軌道回路の電流値を測定することにより列車位置を検出し、信号機からの距離に応じて速度制限情報を軌道回路で車上側へ伝達する。車上装置は速度制限情報と現在の速度を連続的に照合し、速度が超過していれば警報が鳴動し運転士に警告する(ブレーキ動作については未確認)。
    仕組についてはATS-B形の速度照査機能を参照のこと。
  • 現状
    全てATS-P形に置換えられ、淘汰された。

地上子方式

ATS地上子を用いて列車位置を検出し、速度照査を行なう。地上側で速照を行なうものと車上側で速照を行なうものがあるが、どちらも列車位置の検出および制限速度設定は地上子を用いて行なう。在線検知は軌道回路により行なうが、これは信号制御のために行なうもので速度照査には直接の関係は無い。
地上子方式のATSには以下のものがある。現在、JR各社でのATSによる速度照査は全て地上子方式である(ATCは軌道回路方式)。

時素方式

列車が1対2基のATS地上子間を走行する時間を測定する方式。地上側に時素(タイマー)を置く地上時素方式と、車上側に時素を持つ車上時素方式がある。どちらも測定するのは時間だけであり、列車の速度情報は必要としない。即ち、車輌の速度計測装置が故障していても正常に動作する。照査速度は1対2基のATS地上子間の設置距離により設定する。

地上時素方式

  • 該当形式
    ATS-S形ATS-Sn形ATS-SN形
    (ATS-ST形ATS-SW形ATS-SS形ATS-SK形・ATS-SF形 は車上時素方式へ改修)
  • 概要
    地上タイマー方式とも言う。1968(昭和43)年6月27日の東海道本線膳所駅での事故を契機に、国鉄がATS-S形に機能付加するかたちで開発された。更にJR東日本がこれを改良してATS-Sn形を開発した。これと同様のものをJR主要各社全てが導入したが、JR東日本(ATS-Sn形)とJR北海道(ATS-SN形)を除く各社は車上時素方式へ改修した。
  • 仕組
    地上側に時素(タイマー)を置き、列車が1基目(列車から見て手前)の地上子を通過した際に地上装置がこれを検知し、一定時間経過後に2基目の地上子から発せられる即時停止信号(ATS-S形では警報信号)の発信を停止する。列車が一定時間経過前に2基目の地上子を通過する際には即時停止信号を受け緊急停止する(ATS-S形では運転室の警報が鳴る)。一定時間経過後に2基目の地上子を通過する際には即時停止信号や警報信号を受信せず、列車はそのまま進行出来る。
    車上側には殆んど装置の追加の必要が無く、地上側設備を設置するだけでよい。一方でATS地上子のほか、速度照査地点ごとにリレー回路を用いた制御装置も必要であり、これを働作するための電源も必要である。設置費用も高価であり、2005年度にJR北海道が曲線へ設置した際には、曲線1箇所(2点速照)あたり1500万円掛かると伝えられた。
  • 機能
    ATS-S形では速度が超過した際に運転室の警報ベルを鳴動させる機能があったが、列車を停止/減速させる機能は無かった。また、列車の速度が60km/h以上では速度照査出来ないという欠点があった。殆んど、若しくは全てが分岐器付近に設置されていた。事実上、曲線での速度照査機能は全く無かった。
    改良型ATS(ATS-Sx型)となったATS-Sn形ATS-SN形では列車の速度が60km/h以上でも速度照査が可能となり、列車を緊急停止させる機能も追加された(ATS-S形では警報のみ。)。分岐器及び曲線での速度照査が可能であるが、曲線には殆んど設置されていない。信号機への設置例は未確認。線路終端部については、JR東日本尼崎事故後に国土交通省より少なくとも2駅について設置するよう指摘されたが、現在の設置状況は不明。
  • 現状
    国鉄時代(ATS-S形)は分岐器のみに設置されていた。JR化の後、JR北海道ATS-SN形へ更新し分岐器のみに225箇所設置していたが(1997年以降函館本線の曲線に設置の可能性あり)、尼崎事故以後に少数ながら曲線への設置を開始した。現在、少なくとも239箇所の分岐器と14箇所の曲線に設置されている。
    JR東日本はJR化後にATS-Sn形へ更新したが、分岐器・曲線ともに全く設置していなかった疑惑があり、尼崎事故後に設置されたという情報も無い。首都圏でのATS-Sn形線区へのATS-PN形導入拡大と地方の一部主要駅にATS-Ps形を導入するほかは具体的な対策がなく、速度照査が必要な曲線907箇所のうち2006(平成18)年3月31日に於いて842箇所が未設置(JR東日本全体、但し大半がATS-Sn形線区と思われる)となっており、4000km以上に及ぶATS-Sn形線区の曲線での速度超過対策は事実上放置状態である。
    なお、JR東日本ATS-Sn形線区の主要駅の線路終端部へATS-Ps形を設置する計画があり、ATS-Sn形での線路終端部速照設備の設置拡大は行なわない模様である。
  • 問題点
    初期型ATSのATS-S形は全てに問題があるため省略(ATS-S形の問題点を参照)。
    改良型ATSのATS-Sn形およびATS-SN形では信号速照機能が殆んど乃至全く設置されておらず、正面・側面衝突事故や高速での追突事故を起こす危険性がある。また費用の問題で曲線へは殆んど設置されておらず、JR東日本は分岐器へも殆んど設置していない疑いがある。線路終端部では、地上子の設置不足により高速で列車が車止に激突する可能性がある。

車上時素方式

  • 概要
    車上タイマー方式とも言う。JR東海JR東日本の地上時素方式ATS-Sn形を基本として開発し、1990(平成2)年から運用を開始した。但し車上時素方式の速度照査機能が付加されたのは1994(平成6)年以降であり、それ以前は地上時素方式として運用していたと思われる。1990(平成2)年から1994(平成6)年までの間、速度照査(分岐器速照)について初期型ATSのATS-S形の設備を運用し続けたのか、これを改良してATS-Sn形ATS-SN形と同様に改良型ATSとして運用したのかは判然としない。
  • 仕組
    車上側に時素(タイマー)を置き、列車が1基目(列車から見て手前)の地上子を通過した際に車上装置が信号(108.5kHz)を検知し、時素を作動させる。一定時間*1が経過する前に2基目の地上子からの信号を検知した際には車上装置が列車を緊急停止させる。一定時間経過後は2基目の地上子からの信号を検知しても緊急停止せず、列車はそのまま進行出来る。
    基本的に当該線区を運行する全ての列車に車上装置を搭載せねばならず、初期投資は大きい。一方で地上側設備は簡単でよく(曲線での速度照査ではATS地上子を設置するのみで配線すら必要無く、分岐器速照では分岐方向に連動させるため配線が必要だが制御装置は不要)、一旦導入した後は速度照査地点の増設が容易に出来る利点がある。
  • 設置費用の実例
    井原鉄道
    井原鉄道は2005(平成17)年6月17日に神辺駅の線路終端部へATS-SW形速照設備(2点速照)を設置すると公表したが、この際の設置費用は45万円(部品代のみ)であった。つまり、速度照査地点1箇所あたりの地上子の部品代(1対2基)は高くとも22万5千円程度しか掛からないことになる。
    北近畿タンゴ鉄道
    北近畿タンゴ鉄道ではATS-SW形を72箇所(曲線20箇所/分岐器・急勾配52箇所)へ設置するにあたり、9千万円掛かるとされた。設計費用や設置工事費等を考慮しても、1箇所あたりの費用設置は百数十万円程度であると思われる(地上時素方式では約1500万円)。但し、これには分岐器への設置が多く含まれるため、曲線のみへの設置では更に安価となる。
    JR四国
    毎日新聞の2006(平成18)年9月27日付Web報道によれば、JR四国は曲線62箇所(国土交通省基準33箇所・自社基準29箇所)への速度照査設備の整備を完了した。曲線速照の整備費用は3500万円とされており、1箇所平均で56万5千円。2点速照(ATS地上子が2対4基必要)であれば、ほぼ部品代のみの費用しか計算に入っていないと思われるが、他の保線業務に合わせて地上子の設置作業を行えば特に新たな人員を増員する必要もなく、これが最も実態に近い設置費用であると思われる。
  • 現状・機能
    全てJR化後に開発・設置された。全てATS-ST形を基本に開発されており、速度照査機能に大きな違いはなく互換性がある。速度が超過した際に列車を緊急停止させる機能があり、分岐器、曲線、線路終端部へ設置することが出来る。また一部に信号機への設置例もある。設置場所別の設置状況は下記のとおり。
    信号機
    信号機の停止現示(赤信号)に対しても速度照査を行なうことが出来るが、大量に地上子を設置する必要があり、極く一部の信号機への設置に留まっている。
    分岐器
    車上時素方式の開発は地上時素方式の分岐器速度制限警報装置(ATS-S形)の更新が目的であったと見られ、分岐器に大量に設置されていた模様である。JR東海は2005(平成17)年12月1日の国土交通省公表値で設置数が僅か45箇所である。JR西日本は現在までに少なくとも205箇所の分岐器に設置している(ATS-P形含まず)。JR四国の設置数は不明、殆んど設置していない疑いがある。JR九州では尼崎事故以前に154箇所に設置されており、更に現在までに少なくとも290箇所の分岐器に設置している。
    JR西日本線の一部線区では列車種別による照査速度振分け機能が導入されていることが知られている。(ATS-SW形地上子に照査速度振分け機能は無く、高減速車に対して一部の分岐器速照用地上子を動作させない(他の地上子で速照する)ことにより、照査速度振分けを実施。)
    曲線
    尼崎事故以前は殆んどが分岐器付近に設置されており、安価であるにも拘らず曲線付近には殆んど設置されていなかった。尼崎事故以後に曲線部への設置が促進されたが、1257箇所を増設したJR西日本以外(JR東海JR四国JR九州)では増設が進んでいないのが現状である。
    また、列車種別による照査速度振分け機能が導入されていないため、振子式車輌と一般車輌の照査速度は同一であり、現在のJR西日本線区でも振子式車輌運用線区に於いては一般車輌の速度超過を完全には防止出来ない。JR九州では振子式車輌の時素を短縮して照査速度を一般車輌より高くしている模様であるが、時素を短縮するだけでは分岐器の制限速度を超過する可能性がある。
    線路終端部
    線路終端部に設置されている例がある。土佐くろしお鉄道の宿毛事故(ATS-SS形を設置)で問題視されたが、装置が適正に設置されていれば大規模な激突事故を防止することが出来る。
  • 問題点
    信号速照用の地上子が殆んど設置されておらず、正面・側面衝突事故や高速での追突事故を起こす危険性がある。曲線への設置は安価であるにも拘わらず、JR西日本を除くJR各社では殆んど設置が進んでいない。また尼崎事故後に大量に地上子を設置したJR西日本でも、振子式車輌運用線区では大幅な速度超過を起こす危険性が残る。分岐器へは設置が進んでいるが、全てには及んでいない。線路終端部についても全てには設置が及んでおらず、また設置していても地上子の設置不足により、高速で列車が車止に激突する可能性がある。

パターン方式

ATS地上子からATS車上子へ速度制限情報を伝達し、車上装置が速度制限情報と現在の速度を照合する。速度超過が発生する前に列車を減速ないし緊急停止させることが出来る。地上子の種類により、開発順に多変周式、トランスポンダ方式、単変周式がある。各々装置の互換性が無く、機能も大きく異なる。

多変周式

  • 該当形式
    関西本線型ATS-P
  • 仕組
    多変周式のATS地上子からATS車上子へ速度制限情報を伝し、これにより車上装置がパターンを発生させ、現在の速度と照合する。速度超過しそうな際は列車を緊急停止させさせる。常用ブレーキにより列車を減速させる機能は無い。
    多変周式地上子による多段階の信号速照機能を有していたが、トランスポンダ方式と比較すると照査段階が十分に多いとは言えず、普及を同方式に譲る一因となった。また1973年12月26日の平野駅脱線事故(分岐器での速度超過が原因)が開発の契機であったことから、分岐器速照機能を有していたと思われる。その他の機能は不明
  • 現状
    関西本線型ATS-Pは1974年より関西本線で試用されたが、トランスポンダ方式ATS-P形の採用が決定されたことから本採用されず、1987年までに運用を終了し淘汰された。現在JR西日本の関西本線に設置されているATS-P形は、全く機構が異なるトランスポンダ方式のものである。

トランスポンダ方式

  • 仕組
    トランスポンダ方式のATS地上子からATS車上子へ速度制限情報をデジタルデータ送信し、これにより車上装置がパターンを発生させ、現在の速度と照合する。速度超過しそうな際には常用ブレーキを動作させ、列車を減速させる(貨物列車など自動ブレーキ装備車輌は非常ブレーキにより緊急停止させる)。
    地上からは停止現示信号機までの距離及び勾配データが送信され、これをもとに車上装置がパターンを発生させる。時素方式(点速照)と異なり連続速照を行なう。ブレーキは15km/h以下になると解除されるため、信号速照や線路終端部速照では即時停止地上子を設置する必要がある。ATS-P形には全線P型拠点P型があるが、設置方法の違いのみで仕組みは変わらないとされる。
    停止現示だけでなく任意の速度制限地点への速度照査も可能であり、これにより分岐器や曲線、線路終端部に対してもパターンを用いた連続速照を行なうことが可能である。
    ATS-PT形は現在開発中のものであり、仕様が不明ないし未確定な点が多いが、ほぼATS-P形と同様の機能を持つトランスポンダ方式となると思われる。
    トランスポンダ地上子
    トランスポンダ(応答器)とは従来は航空分野で用いられていた語で、インタロゲータ(質問器)へ自動的に返信する装置のことを指していた。その後新幹線で用いられるようになり、現在では双方向通信/一方方向通信に拘わらず、変周式より情報量の多いデジタルデータ通信を行なう地上子を指してトランスポンダと呼ぶことが一般的となっている。
    一方で現在研究中の無線信号システムでは地上インタロゲータ装置車上レスポンダ装置という語が用いられるようになっている。ATSでは付加的機能である車上側から地上側へのデータ送信機能であるが、無線信号システムでは運転保安システムの根幹に拘わる機能となるため、遠くない将来にトランスポンダやインタロゲータの定義が厳格化されるかも知れない。
  • 問題点
    拠点P型では閉塞信号機への速度照査機能が省略されており、高速で追突事故を起こす危険性がある。また全線P型でも、閉塞信号機への即時停止地上子の設置を省略する例が多く、15km/h以下の低速ながら停止現示を冒進(赤信号無視)する可能性が残る。
    曲線については特に危険性が高いとされる地点への設置はほぼ完了している模様であるが、全ての曲線の速度超過を防止出来る訳ではない。

単変周式

  • 該当形式
    ATS-Ps形
    ATS-Ps形の主要な地上子は多変周(複変周)式だが、列車が受信する速度制限情報は単情報であるため単変周式に分類した。
  • 仕組
    単変周式のATS地上子からATS車上子へ速度制限情報を伝達し、これにより車上装置がパターンを発生させ、現在の速度と照合する。速度超過しそうな際は非常ブレーキにより緊急停止する。トランスポンダ方式との最大の違いは停止点/速度制限地点までの距離情報を伝達しないことで、これによりATS-Ps形では地上子の設置地点が限定される。パターンをその場で算出すると言うよりは、予め用意したパターンを定められた地点から用いると考えた方が理解し易い(勾配補正の必要もあり、機構的には車上でパターンを算出している模様)。改良型ATS(ATS-Sx型)との互換性を保つこと、さらに単変周式のATS地上子を用いて多様なパターン速照を行なう必要から様々な周波数の地上子が設定された。
    ATS-Ps形には臨時徐行制限のための速度照査機能があり、25km/hから55km/hまでの間で制限速度が設定出来る。列車は1対2基の地上子を用い、地上子の設置距離を速度制限データとして、これを元にパターンを発生させる。設置距離は時素と列車速度から算出する(時素方式による速照ではなく、周波数と設置距離をデータとして読取りパターンを発生させる)。速度制限解除地点にも同様に1対2基の地上子を設置する。
    曲線・分岐についても速度照査が可能とされるが不明な点が多い。108.5/103.0kHzのATS-Ps形用地上子(青灰色)が車上速照用として設定されていることが確認されているが、1対2基で用いるのか、パターン参照式なのか判然としない。108.5kHzの地上子は車上時素方式の改良型ATS(ATS-Sx型)で曲線・分岐速照に用いられており、これと同様に設置すればATS-Ps形搭載車輌とATS-ST型搭載車輌の双方が速照可能である。一方でATS-Ps形では信号速照用パターンを発生させる108.5/73.0kHzの地上子(白色)が設定されており、これとの兼ね合いがどうなるのかも不明である。108.5ではない1対2基の地上子(曲線・90kHzと85kHz/分岐・90kHzと95kHz)を速度制限地点555m手前に設置するとする説もあるが判然としない。推測ではあるが、ATS-Ps形では曲線・分岐速照に於いてパターンを用いていない疑いが無いこともない。
  • 問題点
    ATS-Ps形には多様な速度照査機能があるが、機能があると言うだけのことであり、設備の省略によりその機能の多くが利用されていない模様である。更に今後は線路終端部以外では速度照査設備は設置されない見込である。またATS-Ps形は改良型ATS(ATS-Sx型)との互換性に配慮されているが、このことはATS-Ps形車上装置を搭載しない車輌を長期間に亘りATS-Ps形線区で運用させる要因になりかねない。
 

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*1 標準0.5秒、自動空気ブレーキ車(旧型車輌/貨物列車等)0.55秒、振子式車輌の一部0.45秒

Last-modified: 2006-10-29 (日) (6389d)